特養ホームのカンファレンスでは体重、皮膚状態が話題の中核になる。
必然的に作業療法で求められることが限られてくる。
チームに期待されるOTとしての役割と、
自分がOTとしての自分に期待する役割の間にギャップが生じる。
それは、さておき。
それでも、前へ。 |
どうして、みんな同じ目標を目指そうとするのだろう。
職種に関わらず、個別支援・個人の尊重、患者(利用者)中心の支援、
とテキストに書かれているのに。
自分の仕事の成果がわかりやすいから、ではないかと個人的に想像している。
個別支援・個人の尊重、人生を支援する、という目的は理解できるが、
専門知識と時間とエネルギーを費やす支援の成果が見えにくい。
成果は、報告する義務と責任があり、自らも納得できる形で求めている。
数値化できるものを指標にしなければ、
責務と達成感から遠ざかるのではないかという不安。
あるんじゃないかな。
監査官、経営者が求めることと一致するメリットもあり、
数値化しやすい成果へと目を向けてしまうのでないかな、と思う。
でも、ほんとに、これでいいのかな、
と疑問を抱いているはずだとボクは思う。
だから、参加や満足度を測定できる、簡単でわかりやすい評価があれば、
その壁を崩すことができるんじゃないかな、と思う。
ADOC(作業選択意志決定支援ソフト)のHP
あれはhope。 |
袖山卓也さんの「笑う介護士の革命」の中に刻まれた、
力強い言葉がずっと胸に残ってゴソゴソ動いている。
金魚
その体は自分自身の力では動かすことができない状態。
その脳は自分自身の想いを表現することができない状態。
このおばあさんを介護する際に、常に体の状態を確認し支え、
常に脳の状態を確認し支えることが実践できれば、
それで問題ないというのであれば、
この介護を受けているおばあさんは、
先に挙げた金魚と何も変わらないではないか。
おばあさんの暮らし、生き方、何もかもが金魚と変わらない。
おばあさんも金魚も同じ扱いを受けているのである。
人を介護するということが
ペットの世話と同じで本当に良いのだろうか。
今あなた自身が感じたことが正しい答えであろう。
もちろん、それは間違いなのだ。
袖山卓也.笑う介護士の革命.中央法規出版 .2010.P44-45
0 件のコメント:
コメントを投稿