クライエント中心、クライエント協業の定義を、
違うレベルで解釈することがすれ違いを生んでいると思う。
ADOCやCOPM、OSA2を使用してクライエントの希望を引き出した、
という時の「話をよく聴きました」と、
家族の愚痴、病気への不安を語るクライエントの話をじっと聞いた、
という時の「話をよく聴きました」を混同しているのではないかと。
クライエントが話し、セラピストが聴く、
という形に意識が向かっていると、議論はすれ違ったままで終わる。
どうして手を治したいと思っているのかをちゃんと聞いてよ、
と言っているのに、
どうしても治して欲しいと思っているんだよ、
と返しているようなものだと思う。
夫のために再び簡単な料理ができるようになりたいと話した、
と申し送っているのに、
若い頃は甘いもの好きだったけど最近はそうでもないと話した、
と情報を提供してくるようなものだと思う。
知り得た情報の重みづけがされないままで、
議論が展開されていることに気がつかないと終着点は見えない。
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