2012/11/13

花の作業 - 作業療法と教育 -

初めて会った時から彼は,平行棒内の歩行訓練を熱望していた.

左手足はほとんど動かず,かなり支えなければいけなかった.
歩く目標を尋ねたが,聴こえないふりを繰り返した.
車いすを駆動できるが,次の指示を待って動かなかった.
記憶が曖昧で,左方向には注意が届かず,無口という印象だった.
特養ホームでは珍しいことではないが,なぜか気になる存在だった.


ADOCを使って作業療法の目標を確認しようと決めた.






それまでは,何をやりたいのかと聴いても「別にないですよ」と答えていた.
園芸のイラストで表情が動いた.いつもは寡黙な彼の口から言葉が流れた.
「とても大切な生きがいだった」と話した.
どこで,だれと,どんな花木を,なんのために育てていたのか,尋ねた.
彼は大切にしていたことを自分の中から掘り起こすように,語り始めた.


そのストーリーに触れることは,OTにとっても大切なことだった.


「50年前に田舎から都心へ移ってから,空き地で花木を植え始めた.
子供たちと一緒に育てることが楽しかった.花は人に贈っていた.
花は愛情を持って育てることに意味があった.
花木を育てるのは夢だった.身体が治ったら,また始めたい」


「40年前,脳梗塞になった.40歳だった.5年後には職場に復帰した」


「役所の人事課で働いていた.
人を育てる過程や,育った人が働く姿をみるのが好きだった.
趣味だった無線通信士の資格も取った.コイン集めと切手収集も好きだった」


いま,やりたいと思うことで,できるなと思うことは何ですか?

「うん,花を育てることかな」


ここで生活しながら育てるための花木を,園芸店で選びましょう.
どんな花が育てやすいのか,あなたはボクに教えてください.
どこに植えればいいのか教えてくれたら,難しいことは手伝えます.
どのように育てればいいのか教えてくれたら,一緒に育てることができます.


翌週,彼は園芸店で花木について大切なことを教えてくれた.

「クロトンは育てやすいし,見栄えもきれいだよ.
トラノオもいいかもしれない.繁殖について詳しい知識はないけど,
アドバイスは自分にもできるかもしれない.
・・・この身体でも,できるのかな」


できることはやってみましょう.
難しいことは手伝いますよ.やるべきことは教えてください.


「トラノオのは鉢植えがいいかもしれない.
土はこの辺りまで入れてください.かぶせた後は少し押してください.
そうね,それでいいよ.少し水もあげましょう.
鉢は半分が日向で,半分は日陰になる場所に置いてください.
これから水やりもやりますが,・・・あまり自分に期待しないでくださいよ」


あなたはすでに,この花を育ていますよ.


アマリリスの種(球根)も買ってきたので,一緒に植えて育てましょう.
これは,あなたが家でやっていた花を育てる作業と同じですよ.
始める前に満足度は1点と言っていましたが,
どのようにできれば5点と感じるのか教えてください.

あなたが自分の意思で,頭と心と身体と使うことが,
あなたにとってのリハビリテーションです.
歩く訓練も,花に水をあげるための身体を維持する目的になるでしょう.


娘さん,これはあなたの父親が語ったストーリーです.

「昔から自分のことを語らない父でしたので,
今こうやって話を聴けたことが嬉しいです.
父が家で過ごしていた頃のままでいられるために,
庭にある鉢を運びますね.コインも持ってきます.
私たちも父と一緒に,花を育ててます」





種を明るみに出そう.

これはOT実習生の物語.
彼は作業療法士になるのは課題があると宣言され,実習に合格できなかった.
辞めるかどうかの瀬戸際だった.
その彼が,ボクの職場で追加実習として一緒に働いた3週間の物語.
クライエントと上手く話せないと,初日に小さく語った彼自身が育てた物語.

ボクも彼もクライエントも,自分をあきらめていない.

今のボクらにとって,今この場所で,この人々や関係の中で,
花を育てるoccupationの意味は,
環境と人と自分が育ちたいように,少しずつ確実に育てること.

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