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2025/11/30

作業療法の教育

仙台
午前9時.仙台朝市を散策してから駅に向かった.昨朝は立ちながらミニ海鮮丼を喰らった.各扉には10名ほどの人々が並んでいた.車内に乗り込むと落ち着いた雰囲気だったが,徐々に若者たちの話し声が重なり合って騒がしくなった.8年前の2017年1月,今以上にまだ何者ではなかった僕と齋藤さんは仙台市青葉で,作業療法における目標設定について講義を開催した.その夜,初めて雪を見たことは覚えている.

長町
仙台駅から6分.乗る人も降りる人もあまりいなかった.昨日は仙台青葉学院大学・短期大学の長町キャンパスで開かれた第30回日本作業療法教育学会に参加した.大会長講演,教育講演に続いたワークショップで僕は司会を担当した.熊谷大会長の講演はオーケストラの厳かで折り重なるハーモニーのように,彼の選択した言葉が胸に響いた.覚悟,と表現した方がふさわしい.省察という単語が何度も登場し,感情や現行のシステムに流れされることなく冷静に現状を分析し,より望ましい状況へと変革するために建設的な意見を交じり合わせようという意志を受け取った.丸山さんの教育講演は思考の過程を言語化し,共有することの価値を説いていた.具体的なケースや比喩を多用しており,聞き手が結論と根拠をイメージできるように伴走してくれたので,納得感を得られた時間だった.良質なビジネス書を読んだ感覚だった.

太子堂
聖徳太子を守護神として祀る祠(ほこら)が地域の由来となっているらしい.ワークショップは養成校教員の立場から高橋さん,元実習生としてOT3年目の中村さん,臨床実習教育者として三浦さんが登壇した.積極性が足りないという抽象的な指導に対して自信を失い,自分への信頼も削り取られ,ただ乗り越えることが目的になっていた体験を共有してくれた.そこから客観的に状況を捉えるサポートに指導者は徹し,目標を明確にして実現するための方法を自由な発想で導き,行動に踏み切った.学生を中心にした臨床実習教育者と養成校の連携は,作業療法そのものであった.作業療法の教え方はこの10年で進歩したように思う.同時に考えるべきことは,作業療法の何を伝えるのかという議論が十分にされているのかと問い直す段階にあることを,教育に関わる人が共通認識することである.その流れを作ろうとしている学会の企画構成に気づいたとき,ふるえた.

南仙台
竹林さんが執筆した,予後予測って結局どう勉強するのが正解なんですか?が医学書院から出版された,南光堂からは基礎作業学テキストが東先生の監修,齋藤さんの編集で発行された.考えることを考えるように促し,なおかつ読者に手を差し伸べて,理解しやすいよう最大限に配慮された書籍だった.間違いのない答えと,そこに辿り着く思考プロセスを確実に手に入れいたいと願うのは,成長意欲があるからこそ湧いてくる考え方だと思う.背中を見て学ぶ,まず経験して理解するという教育が昔は投げっぱなしを正当化したが,今はそれではついてこない,なんて思わない.わかるように教えた方が理解は深まる.今も昔も変わらない.

名取
せり鍋は名取の名物であったが,仙台の名物として売り出されている.昨夜,名取の人が悔しいと話していた.草の根っこは食わんという地元の人がいて,これを食べるのを楽しみに沖縄から訪れた人がいる.地元でも家で料理することはあまりないらしい.根っこをきれいに洗うことが難しく,時間と手間がかかるという.体験したことがないから,わからない.

杜せきのした
多くの乗客が降りて車内は静けさを取り戻し,温度が下がった.昨夕,出版社の編集者と打ち合わせた.洋館スタイルの小さめのカフェで,光を抑え込んだ店内の空気と甘いモンブランと苦いコーヒーは調和していた.クライエントの前に立ち,自分の知識と技術の不足を知り,打ちのめされてしまうことは悪いことではない.そこから膝を立て,腰を上げ,前のめりに立ち上がる強さは,不安を知らなかった頃よりも自信に満ちあふれている.しかし立ち上がれなかった同僚や後輩,先輩も数多く見てきた.歯を食いしばって泣いている人に,頑張れとは言えない.もう少しだけ前に進んでみようと思えるように,僕らにできることは何だろうかと仲間たちと考え続けた.その答えがADOC,COT(日本臨床作業療法学会),医学書院の事例本シリーズだった.まだ足りない.

美田園
すぐに1人降りた.発車前に1人乗った.今年,2025年2月に齋藤さん,福岡の田代さんと山田さんと共に福岡県作業療法学会の基調講演で登壇した.学会の申込者は過去最多の400名だったという.伝えたいテーマは10年以上変わっていない.クライエントの可能性を信じ,共に歩み,目標を実現しよう,ということ.その過程で周りの理解が得られないことも,自分を疑うことも冷静に受けとめて,自分が正しいと思う道へ進めばいい.責任と自由を両の手で握りしめて,考え方の違う人たちと議論することを推す.

仙台空港
終点でも降りない客は何だろうか.コロナ禍はものの見方や考え方をすべて変えてしまったが,すでに多くの人は忘れてしまったようにみえる.忘れることは心の痛みをおいてゆくから,生きていく上で大事な習慣だと思う.あの時代が人間にもたらした良い影響は2つあって,1つは感染症に対する知識と技術を向上させたこと.もうひとつは前提を疑う視点.事実に基づいて結果を予測するのか,仮説の正しい知識やルールに基づいて考え方を展開するのか.事実が正しくないこともあるし,ルールが間違えていることもある.帰納的思考と演繹的思考のどちらが有効かというよりは,自分がどちらを採用しているのか冷静に見極め,状況に応じて使い分けて,より正しいと思える結論に近づいていく.意識的か無識的かは問わず,私たちは落ち着いて考える習性を身につけたのではないかと思う.深夜に飲み屋で立って牛タンを日本酒で流し込みながら,そうだといいなと独り呟いたのを思い出した.

那覇空港
空港に長女が迎えに来た.駐車した場所を忘れてしまい,共に巨大な駐車場をさまよい歩き続けた.看護大学3年の彼女は先月,急性期病院の整形外科と老健施設,先週は総合医療センターの小児科で臨床実習に挑んだ.どの実習指導者も丁寧でとても優しいという.私たちが選択した言葉と行動は私たちを形づくり,その影響を受けた周りの環境も少しずつ変わっていく.私たちの学生に対する姿勢は組織と地域の文化となり,いずれその輪の中に私たちの親しい人も参加するかもしれない.人の可能性を信じて,自ら能力を発揮できるようにサポートすることが,当たり前になるといいよな.

2019/09/23

好きな人が他の人を好きになったら


好きな人が他の人を好きなったら,どうしたらいいんでしょうか?
相談を受けたわけではないけど,勝手に考えてみます.

結論から述べます.あきらめてください.
感情はコントロールできません.
たとえば,ハイボールが好きな人,サッカーでも映画鑑賞でも散歩でもいいのですが,
嫌いになれと人に言われても無理です.
ハイボールの代わりにタピオカミルクティーを好きにさせることはできません.

君が好きな人を嫌いになることはできない.
君が嫌いな人を好きになることもできない.
自分でコントロールできないのだから,
他人がどうにかできるわけがありません.
君にできることは2つもあります.
ドアを開いて君が部屋を去るか,
ドアを開いて相手を部屋から出すか.

ストーカーはエネルギー対効果が低いです.
愛してると100回言えば101回目に結ばれる,わけがありません.
もったいないという考えも捨てましょう.
費やした時間,お金,経験は惜しいです.
でも君が40代なら残りの40年,30代なら50年,20代なら60年,
そっちに投資した方が楽しいです.きっと未来も開きます.

君が好きになった人の世界に君はいません.
君の世界には君がいる.だから好きなものを飲んで,映画を観て,散歩しましょう.
自分を無理にコントロールしないでください,泣きたい時は泣いてください.
ドアを開いて,外に出ましょう.理由と目的はなくてもいいのです..
好きなタイミングでスローインしてください.

こういった相談を受けたことはありません.

2019/09/16

作業療法の話をしよう

ブログを始めたのは12年前.twitterやFacebookはなかった.
ネット環境は整っていて,ブログを書いている人は少なかった.
作業療法の世界は手技を中心としたアプローチが圧巻していた.
今でいうOBP,作業に焦点を当てた実践はマイノリティだった.
学会で発表してもオタクとして見られていた気がする.
悔しくなかったけど,満足していなかった.

弱い立場の少数派はネットで叫んでいて,反骨精神は理解できた.
ただ,あまりにも偏った視点だと,読んでいて気恥ずかしかった.
作業は素晴らしい,作業療法は最高だ,と言われても,
効果を証明できない手技アプローチと変わらないじゃないか.
「認めて欲しい」が興奮すると美しくない.
不安が伝播して集団化すると暴力性は正当化されて,みにくい.

技術と技術の対立,技術と理論の対立,理論と理論の対立.
耐えきれず,しかたなくブログを書くことにした.
手段と目的を混同しない.曖昧なことから逃げない.ポジティブ思考になる.
誰かを攻撃するたびに自分が傷つくなんてバカだろ,
自分には前向きな視点と行動力があるってことを思い出そうぜ,
と伝えたかった.

記事を書いているうちに気づいた.
誰かのために書いているつもりでも,自分のために表現していた.
自分のために書いているようで,誰かのために言葉を探していた.
書くこと,読まれることを通して,
誰かと自分を応援したかったのかもしれない.
自分もそうやって支えられた.

そうか,そのために書いてたのか.
対立を根絶することが目的ではなく,
自分と誰かの大切なことを守りたかった.
作業療法士という仕事は不確かなことも多いけど,
より確実な選択肢を多くの人と創り上げたいよ.
作業療法士のためではなく,作業療法が必要な人のために.

京極真さんが沖縄で講演してくれる.
探し続けていたものが,きっと見つかる.
みんなで作業療法の話をしよう.











2019/07/05

12人のクライエントが教えてくれる作業療法をする上で大切なこと


次の文章に惹かれた.

「しかしながら,相対的に価値があるかどうかではなく,絶対的価値観の中で,自己の作業遂行に対する満足度を高めていくことができれば,環境との相互交流の中で生じる揺らぎや葛藤に対して,それ自体をなくすことができなくても,うまく折り合いをつけながら生活を送ることは可能だと思います」
(循環を支援する.p.14

私小説ではなく専門書の場合,本来は執筆者の人格が見えにくい.
あの人だから実践できた,思考できたと解釈される可能性はいくらか抑えられる.
本書は根底に確立された理論や学問,科学の存在があった.
読者は巻末の参考書をきっと読みたくなる.したがって間違いなく専門書である.

が,執筆者がみえた.真摯に歩み続けた臨床家の姿が.
理想的な結果に結びついた支援の裏に,思い込み,知識や技術の不足が招いた苦い経験をみた.
クライエント,家族,職員,さらには自分の意思,価値観,能力,役割を想定し,仮説を立て,
言葉と行動を選び,相手の反応から推察をさらに深める.

その表現を,その構成を選択した背景に,どれほどの迷い,葛藤,後悔があったのか.
重圧と無力感にいくら襲われたのか.
彼は浮き沈みを繰り返す過程で手に入れたものを,私たちが受け取りやすい形で分けてくれた.
前を向こうとする作業療法士が,揺らぎと折り合いをつけながら生きることを願って.

正解なんてない,天才なんていない,完璧な環境なんてありえない.
だからこそ,自分と誰かのことをできる限り想像し,共有し,尊重する.
私たちは作業療法という作業を通して,作業療法士になりつつある.
本日,20197月5日,発売開始.









2018/07/24

#第5回COT 

昨日,空港が到着機で混雑しており,二十分ほど上空で旋回して順番を待っていた.機内のテレビからニュースが流れていた.歪んだ優生思想が動機で起こった知的障害者施設の十九名殺傷事件から二年経過,大雨洪水で校舎が使用できない児童らは他校での合同授業を再開,介護疲れと思われる理由で七十四歳男性が九十七歳の母親を殺害.録画なのか,幾度も事実が通り過ぎて再び現れた,殺傷,再開,介護疲れ.前進も後進もせず,機体はぐるぐると回った.

今日,職場に戻ると新しい実習生たちが待っていた.いつものように面接すると,自分は作業療法士に向いていないと,悲痛そうに訴えていた.今までにどんな経験を重ねたのかは,わからない.彼女たちの自己評価は正しいのかもしれない.それでも作業療法士になりたいのかと訊ねると,涙目でハッキリと頷いた.それなら僕らが支援するから,何一つ心配するなと諭した.もしも,不安は何もないと答えたなら,現実の厳しさに直面させるつもりだった.

先週末,福岡で開催された第五回日本臨床作業療法学術大会に参加した.印象に残ったのは二つ.一つは事例報告や研究会活動を通した成功体験の満足感よりも,支援できなかったことに対する後悔と解決に向けた強い意志を語っていたこと.もう一つは非常に制限された法制度に失望しながらも,決してあきらめないと韓国のベテラン作業療法士が宣言していたこと.どちらも夢物語ではなく,現実的に実現可能な目標と手段を掲げていた.

いつか,僕らが解決したい課題は限りなく広く,深く,暗い.あらゆる人の潜在的な能力が活きる機会を創りたい.一つの目的地に向かって,臨床と研究という異なる手段で突き進む.どの入り口から進み始めても構わない.ペースとコースは決められていない.僕らは誰にも強制しない,誰にも屈しない.光で目が眩んでいる人を見かけたら,僕らが闇へ連れて行く.闇の中で動けない人と会ったら,僕らが決して消えない光になる.五年前に決めた覚悟だけは変わらない.


2018/01/06

「より満足したい個人,もっと前進したい国家」

沖縄フォーラム2017「沖縄の未来をデザインする」に,さっきまで参加していた.
以前から興味はあったけど,OTの友人たちに誘われて,やっと初参加.

経済産業省の若手官僚30人で構成されたプロジェクト
「不安な個人、 立ちすくむ国家」の中心メンバーである藤岡さんによるセッションと,
沖縄で社会課題や観光業発展などで躍動されている経営者も登壇してのシンポジウムだった.

ジョン・F・ケネディが大統領就任挨拶で放った言葉を思い出した.
「国があなたのために何をしてくれるのかを問うのではなく,
 あなたが国のために何を成すことができるのかを問うて欲しい」

もし,国家が崩壊したとしても,同じ役割を担う組織が再構築されると思う.
国というのはあくまでも虚像で,異なる利害を調整し,
社会の秩序と安定を維持していくことを目的に存在してる.

だから国に依存して与えてもらうことを期待するのではなく,
個人と集合体のために意欲と能力を発揮しよう.国はあくまでサポート役に過ぎない.
これは団体,会社というコミュニティにも通じる,と解釈した.



色々な批判もあるらしいけど,タイトルを変えればいいのにと思う.
「不安な個人,立ちすくむ国家」ではなく,
「より満足したい個人,もっと前進したい国家」が内容的に適している.

不安は探せばキリがなく,多種多様なので国が解決できない原因や背景もある.
不安がないことではなく,より満足していることが目標だと思う.
若者,高齢者,障害者,非正規社員,母子家庭者という枠で縛らない.

自分の潜在的な能力を活用できる機会を創ることが目的で,
手段として人,制度などの環境をコントロールできること.
具体的な行動が仕事,趣味,育児,生活と呼ばれていること.

作業療法を提供する時に,いつも考えていることだった.またOTの話か.
でも視点が狭いというよりは,使いやすいレンズを選択しているだけのこと.
流れを本題に戻そう.えいっ.

能力を活かせていると感じることができれば,満足できる.
それを支援できていると判断できれば,前進していると感じる.
これは団体,会社,それに家庭というコミュニティにも通じる,と解釈した.

だからタイトルは,キャッチーではないけれど伝えたいことの本質である,
「より満足したい個人,もっと前進したい国家」
だったらいいのに,という感想メモ.

明日,子供の部活当番でなければワークショップにも参加したかったなぁ.
ただ,明日の役割も父親として潜在的に望んでいる仕事なので,
より能力を活かして満足したい子供たちと自分たちのために楽しんでくる.

企画,運営のみなさま,そして誘ってくれた友人たち,
考える機会を頂き,ありがとうございます.

この一年くらい考え続けてきた疑問の答えが,見つかりそうな気がする.

参考 → 「不安な個人、 立ちすくむ国家」

#沖縄フォーラム2017


2017/10/26

上肢機能回復アプローチ  脳卒中上肢麻痺に対する基本戦略


一気に半分まで読み進んだ.


10年以上前に回復期リハ病棟で担当した,忘れらない患者さんがいる.
まだ働き盛りだったその方は麻痺側手で物を押さえることはできたが,
過剰な筋緊張をコンロールできずに生活で手を使用することはなかった.
それでもADLは自立していたので,やり方を工夫することで復職も可能と予測した.
生活の中で手を使う練習と,4ヶ月後の退院に向けた復職練習を提案した.
頑なに拒否された.

外来リハを利用している知人を指し,
「あの人はもう10年も同じリハビリを受けている.いつか完全に治る可能性があるという意味だろ.
それなら自分も治ってから生活の練習や仕事に戻る練習をする」
外来を利用している件の患者さんは,筋緊張の緩和を目的とした徒手的治療を受けていた.

麻痺の回復には限界があること,あなたの手は生活で使えば今よりも上手く使えること,
手を治すことは手段であって,目的は生活や仕事が再びできるようになること.
若かった私は必死に説明したが受け入れてもらうことはなく,
患者を不安にさせなると職員から指導を受けた.患者の望みに答えなさい,と.

私は上肢機能が回復するメカニズムを説明できないこと,
その方が望むような上肢機能が回復する知識と知恵を持ち合わせていないことが,
歯がゆさ,情けなさ,無能感を生み出していた.

同時期に担当していた方々も思い出す.
少しずつ回復する麻痺手を使ってスプーンで食事をする過程において,
効率的で効果的な道具の使い方を学習していく様を目の当たりにした.
退院後に生活で使える手になった方も,使えなくなった手になった方もいた.
運動学的,生理学的に説明することを試みたが,メカニズムと根拠はひどく曖昧だった.
無責任さは,いつも,密かに強く,自覚していた.

もしも,と思うことがある.

もしも私が10年前にこの本を読む機会があったのなら,
きっと私は正確で多様な選択肢を柔軟に提案することができた.

でも,もしも,は起こせない.
絶対に,起こせることはある.
今,この本を読むことで今の私と患者さんの期待に応えることができる.
それが過去に担当した彼らへの報いと恩返しになるかもしれない.

一気に半分まで進んで,また初めから読み直し始めた.







2017/09/24

第51回日本OT学会旅行記

久しぶりに会う方々が、何の病気ですかと遠慮がちに声をくれた。最強の食事を始めてからMCTオイル、良質の野菜と脂質をできるだけ多く摂り入れ、加工食品や人工甘味料をできるだけ身体に入れない。失った17kgの体重よりも、身体と頭のパフォーマンスを保つ意識を手に入れたことに価値がある。

ルールはシンプルで、必要なことを求め、必要の無いことを拒む。

習慣を変化させるために必要なことは、自分の欲望を抑える強い自制心ではなく、決まった時間に決まった小さい行動を起こすこと。習慣が変われば意識が変わり、意識が変われば行動が強化される。


51回日本作業療法学会の前に、東京工科大へ寄った。佐賀の冨永美紀さんが学生を対象に特別講義を開くと聴いて、友利くんにお願いして受講させてもらった。彼女が震える声で淡々と語るエピソードに潜む、覚悟と誇りを学生が感じ取るのは、今はまだ少し難しいかもしれない。認知症に悩む人と家族と職員を抱きしめるように関わる彼女のスタイルは、初めから完成していたものではなかった。戸惑い、迷い、疑い、絶望と確信、自信、感動を行ったり来たりする中で育まれつつあった。彼女の勇気ある行動と綿密に練られた支援戦略は、これから先も精度を高めていくに違いない。

最低の場所から見上げ、最高の場所から振り返るとわかることがある。








自分や患者さん、家族、職員の潜在的な能力と限界を繰り返し確認する。この経験を重ねた者しか選択できない言葉と行動がある。学生たちもいつか辿り着けと願う友利くん、澤田さんの背中を追って会場へ向かった。

九月の東京は沖縄と変わりない気温で、高層ビル群とうんざりするほどの人混みを避ければ地元にいる感覚だった。日本各地の作業療法士と再会して挨拶し、しばらく語り合った。現実に適応しながら理想を追い求めているうちに、必然と偶然が重なり巡り合ったのだと思い出した。ボクらは不完全であることを自覚している。だからこそクライエントに必要な支援ができる自分へ近づくために、日々少しずつ行動を変化させている。変化は行動しない選択を伴う時がある。望む何かを得るためには、何かを失うことも覚悟する。何かを変えることができる人は、失うことを怖れない。


行動を起こさない雄弁な人よりも、不安定でも行動する人の方が作業療法士として魅力的で可能性がある。







今回は日本作業療法学会に参加するためではなく、日本臨床作業療法学会(COT)の理事会に出席することが旅の目的だった。理事として果たすべき使命、達成するための手段、予測な可能なリスクと対策について早朝から延々と話し合った。それぞれの理事メンバーは業界、組織、団体を横断して大事にしている人間関係があるため、変化を起こすために投じた一石が与える影響を予測できる。慎重に、それでも恐れることなく、我々は何のために存在しているのだと何度も問いを立てる。まだ解決するべき課題はあるけれど、方向性は見定まった。

「ボクらにできること、やるべきこと、やりたいことをボクらで大切にしよう」








齋藤さんと竹林さんの優しく強い言葉を抱きながら、駅へと続く階段を駆け登った。まったくの無条件で自分を支え、成長させてくれる仲間がいる。ボクが求めていたことは、後になって見つけた。彼らと出会うために必要な過程を歩んできたのだろうと、今になってようやく理解できる。秘かに温めてきた夢があった。その実現に向けて、昨日から歩き始めた。この道を進めば何を得るのかと、胸の中で期待と不安がぐるぐる踊る。ただいま、2kg太ったよ。






2017/06/28

第15回沖縄県作業療法学会  学会長講演(35分)





山梨の富士温泉病院で,
実習地を訪れた奥村先生と中庭にいました.
作業療法で学ぶべきことは限りなく広い範囲で,どこまでも深い.
それに比べれば学生と教員,バイザーのは,
とても小さい.
事実を知っているか,知らないかの差は大きい.
意味がわかりませんでしたが,
10年後に気づき,15年後に理解できました.








まず過去を把握しましょう.
学会の前身には研究大会があり,
第8回まで開催されていました.
2001年は回復期リハ病棟,
それと介護保険制度がスタートしました.
彼らは作業療法士という職種を説明し,
臨床,管理・運営を兼任して県士会運営,
研究発表,学会運営に携わっていました.
第8回研究大会の時は190名の会員数で実行委員45名,演題数42本です.
互いを成長させるために力を尽くしたのです.
その時期があってこそ,今日です.




彼らは何を見ていたのでしょうか.
将来的に作業療法士がさらに能力を活かして
社会貢献できるように,
人,制度の環境をコントロールできるよう
助け合っていたのです.
もし県士会と学会を解散したとしても,
いずれ有志で集まって再び組織化するでしょう.
なぜ私たちは今日ここにいるのか.
考えてください.





現在の私たちを考えましょう.
この後,県士会総会に出席してください.
職場の業務を遂行しながら会員のために
理事は何を考えているのか,
会費を何のために,どれだけ投資しているのか.
意図を読み取ってください.







未来について考えましょう.
20年前,沖縄県内OTは250名が需要の飽和点で,
それ以降は供給過多と考えられていました.
現在,800名近いOTが県内で勤めています.
希望すれば就職率は100%です.
介護保険領域ではかなり不足している状況です.
まだまだ市場に必要でしょう.








未来は現在の延長ではありません.
働き方,暮らし方はこれから変わります.









自動化されない職業の上位に
作業療法士はリストアップされています.
他の上位にはレクリエーション・セラピスト,
メンタルサポーター,義肢装具士など,
作業療法士と関連する職種があります.







機械に変われないから安心かと言えば,
そうではありません.
自動化によって消える職業もあるでしょうが,
それは緩やかな変化です.
職業が消えることより先に訪れるのは,
タスクの自動化です.
予測可能な労働の割合は職種で異なります.







機械やIT,AIが自動化した時間を,
私たちは寝て過ごすわけではありません.
人間にしかできない,
付加価値の高い創造的な仕事に専念できます.
職種で仕事内容が決まらない時代になります.







遠い未来の話ではありません.
2025年から2030年の間に,
テクノロジーの爆発的な成長が始まるようです.
人工知能は人工知能を作るからです.







政府はAIやロボット産業の市場を
5年で4倍にする計画を立てました.
人間の強みや働く場が失われると,
感じる人もいるかもしれません.
でも社会,企業の新しい課題を発見することで,
解決する人材,素材が新しく必要になります.







テクノロジーを活用する目的は,
楽をするためではありません.
AI分析,IoT,ITを活用することで,
オーダーメイドの道具やサービスを,
安く,早く,安全に利用できます.
クライエントの利益を望むのであれば
受け入れてください.変化を,自由さを.







テクノロジーがすべての社会,個人の課題を
解決するわけではありません.
障害や状況,目的,環境,役割に合わせて
課題を解決する機器の選択が必要です.
機器やサービスを使えるように段階付けの支援が必要です.
行動心理学や発達心理学,集団力動学,運動学,社会学などの知識を持ち,
人と作業と環境の相互作用を理解している
作業療法士は活躍できます.







人々の暮らし方と働き方が変わるのであれば,
作業療法のあり方も変わります.
病院や施設に閉じこもるのではなく,
生活の中に飛び込むのです.
社会が求める役割に適応するのです.









変化するのはテクノロジーだけではありません.
明治時代の工場勤務者を管理するために,
制定された労働基準法が変わります.
少子高齢化に伴い経済規模の縮小化が及ぼす
将来的な影響を予測し,
柔軟な働き方ができる制度改革へ向けた一歩が
すでに始まっています.
非正規雇用,残業への対策が注目されますが,
ITを活用した在宅勤務や副業・兼業を
実現の制度策定も注目してください.
社会的弱者の支援することが主目的ですが,
作業療法士の働き方も変わります.









社会が効率的,効果的な体制へ変わるので,
医療,介護,保健サービスも変わります.
領域を横断して小さい組織が,
時間や場所の制約を超えて,
より早く,シンプルに,行動できます.
期待されるのは専門性の高い技術や視点です.
誰でも替わることができる仕事ではなく,
領域に特化した武器が求められます.
役割を理解し,学習し続けて適応するのです.
みなさんが日常的に実践している仕事には,
価値があります.
さらに高いレベルまで技を磨いてください.
作業療法士であっても,代用できないレベルに.










職場の仕事だけではなく,
やりたかったことをやってください.
楽に真似できないレベルで.
やりたかったことはあなたの中に.
ADLに介助が必要な状態で在宅復帰して,
妻が認知症で家事もできずやることもなく,
娘は知的障害があるため作業所で働き,
コーラ代を稼ぐために身体を売り,
一家の生活を支える手当は叔父が奪い,
彼は心臓が悪いため働く機会に恵まれず,
さらにその子供はいじめで学校へ通えず
・・・特別なケースではないですね.
臨床で関わったことがあるはずです.
無関係ですか,無関心でしたか.
どうにかしたいと,願いましたね.
他職種と有機的に連携することで
解決に近づけますが,
作業療法士独自の知識,技術は貢献できます.
仲地さん,坂本さん,中野さん,仲間さんが,
証明してくれました.










すべての課題を一人で解決するのは難しいです.
個々人が高いレベルで治療,支援できることを
前提にした上で,チームワクークが必要です.
人々の暮らし方と働き方が変わるのであれば,
作業療法士も働き方を変えるのです.
個人が望んでいなくても







これから15年で変わると言いましたが,
変わらないこともあります.
人の潜在的な能力を活かす機会を創るため,
人的,物理的,制度的な環境を
コントロールできるようにOTは支援する.
その手段としてのADL,家事,趣味,仕事へ
適応する技術を提供する.
建築家,教育者,モノづくり職人,行政,
芸術家,医療従事者,エンジニアなど,
領域を横断して協業する支援のあり方は
10年以上前に海外で実践が報告されています.
作業療法士の本質は,
時代や文化,制度によって変わりません.






田村浩介さんたちと勉強会を発起したのは,
今から13年前です.
伝えていることの本質はまったく同じです.
MTDLPやADOCの登場によって,
今では話を聞いてくれる人が増えました.
当時は誰も相手にしてくれませんでした.
それでも学びをあきらめたことは,
一度もありません.
臨床でクライエントの変化を知っていました.
孤独でも研鑽を継続していたことで,
知識,技術を必要とする人へ提供できました.








縁や支援もあって日本各地の方々と繋がると,
同じように前進してきた人と出会います.
自分と出会ったような感覚です.
成長に影響を与える繋がりは,
一気に広がり,予想以上に深まります.
その中で「沖縄はすごいよね」と言われます.
戸惑います.
私たちはもっと地縁を活かした,
ネットワークを構築できるはずです.
ひとつのチームになれる可能性があります.
人間関係がシンプルで,顔がわかる規模で,
地縁と立地条件を活かせば,
未来へ先に挑戦できます.
日本を追いかけているアジアの国々へ,
沖縄モデルを提唱することも可能です.



 



私たちは異なる職場で働いています.
でも沖縄で暮らす人々へ対して,
健康的でその人らしい生活を支えるという目的で
一緒に働くチームです.
職場に多職種が存在しているように,
それぞれが強みを借りあって働くのです.
福祉用具,徒手的治療技術,就労支援,
住環境支援,面接技術,芸術療法的支援.
強みを持つ職場同僚と同じように,
私たちも技術や知識を共有しましょう.







今回の学会運営は直接会って会議を開かず,
Googleドライブを使ってクラウドで
すべてのデータを全員で共有しました.
連絡・相談・報告はLINEを活用しました.
顔を見てたい時はFaceTimeを活用しました.
若手中心の実行委員50名に対して,
新しい学会運営のあり方を提案するためです.
シンプルに,早く,行動的になれる方法を
模索し続けて欲しかったからです.
今回の運営法に反省点は上がるでしょうが,
やってみなければわらかなかったことです.

課題と影響が明確になれば,
改善し続ければいいのです.
それぞれが研究会や学会を発起し,
方法をアレンジして共有できれば,
効率的で効果的な自分と組織を発展させる方法が
いつか見つかるでしょう.
このLINEグループを今日からオープンにします.
参加したい方,誘い方は出入りしてください.
情報収集,共有したい時に使ってください.
新しいグループが発展するかもしれません.
今日で消えるかもしれません.
わかりません.まず,やりましょう.






あなたが臨床や研究活動で培った
知識,技術を必要としている人がいます.
彼らとすべてを分かち合ってください
あなたが持っていないものを彼らは持ってます.
それを分かち合ってくれます.
仲良くなろうと提案していません.
必要な時に力を借り合う関係を築きましょう.
未来の自分と社会が,より良くなるために.



枠から出てください.
あなたが望むなら,
ここで暮らすあなたの家族や友人のために.
できること,やるべきこと,やりたいことを.
今日ここに参加している210名,
仕事や家庭の事情で参加できなかった仲間が,
一緒に歩みます.








新しい当たり前を,共に創りましょう.