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2013/10/31

自分をはげます言葉 - 娘の日記 20131023 -




発表をして,みんなにいろいろ言われました.

でも,それを聞いて自分が落ち込むのはヘンだ.

だから自分で自分をほめます.(おしまい)


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(自分へ)

努力しよう.

何があっても,あきらめない.

バカにされても,気にしない.

くよくよしない.

自分がやりたいことは,自信を持て.

胸をはってドンと生きてゆけ.

それがあなたの生き方.



2013/10/29

ADOCとOSA-Ⅱ

先日,人間作業モデル講習会(MOHO)で後輩が事例報告をした.何もしたくないと訴えた通所利用者へ対する作業に基づいた支援.評価ツールはADOCとOSA-Ⅱ.講師はOB研会長の山田孝先生.ボクは参加できなかったので,後日どのように助言をもらったか確認をした.



「評価,介入,結果のすべてに言えるが,事例は少し楽観的過ぎるのではないか.これは全体の解釈に影響を及ぼす可能性もあるのでは?」というコメントだったらしい.面接,介入,抄録の作成をサポートしていたので,講師が何を伝えようとしているか,わかった.少し違和感を感じていたけど,曖昧にしていた点だった.実際に面接場面へ立ち会っていないのに気づいた講師がスゴいなと思った.


今回,ADOCとOSA-Ⅱを併用した理由は,補い合うためだった.ADOCはクライエントの価値のある作業を特定し,作業にまつわるエピソードを引き出すためには使いやすい.でも情報を解釈し,支援プランを構築するには知識と経験が必要な場合もあると思う.OSA-Ⅱは作業についての自己評価を明確にし,得られた情報の解釈と支援の道筋を整理するために活用できる.でも作業を特定することが難しかったり,特定の作業についてエピソードを引き出す技術が必要な場合もある.そのため今回は後輩に併用を促した.


違和感はADOCとOSA-Ⅱのいずれを使った時も感じていた.違和感を説明して理由をクライエントに確認したが,明確な回答を回避するような反応だったので,曖昧なままにしていた.もう少し深く確認するべきだったと今になって思う.目標が作業であれば取りあえずそれでもイイかなという妥協があったのかもしれない.その後の経過と結果から介入方針が誤っていたとは思わないが,満足度が予想よりも上がっていなかったのは事実だった.


そこで先日,クライエントに改めて面接結果を並べながら確認をした.予想外に返答は明確だった.生活活動の介助量が変化しないことに対する不安と焦りが根本にあった.そこから医師やOTに対する疑念を胸に潜ませていたこともわかった.解釈と対策についてクライエントと協議した結果,多くの介助を必要とする通所での役割獲得は継続することになった.それに加えて,自宅の生活パターンとクライエントが感じる役割に影響を及ぼす支援プランにも取り組むことになった.



今回,抄録を作成するために人間作業モデル第3版を読み直し,OT実践において非常に力強い助けになる理論だと思った.ADOCだからこそスムーズに導き出されたエピソードやクライエント自身の解釈もあった.ADOCあるいはOSA-Ⅱのどっちでも評価,目標設定,支援プラン作成を十分に練ることは可能なクライエントもいると思う.


ADOCの方がより良い過程と結果を導く場合も,OSA-Ⅱの方がより良い場合もあるかもしれない.そして今回のように併用することがベストな選択になる場合も,あるかもしれない.この考えが正しいかどうかより,より良い選択がある可能性の存在に気づくことが大事じゃないかと,個人的に思う.


2013/10/13

作業の苗

私の前を歩くな.私が従うとは限らない.
私の後ろを歩くな.私が導くとは限らない.
私たちと共に歩け.
私たちはひとつなのだから.

ソーク族の格言(アメリカ先住民族)






「何もしたくない.煙草を吸っている時間が一番いい」
通所でレクや歩行訓練に参加はするけど,表情は冴えていなかった.
自宅ではベッド上ですべての生活行為を済ませていた.
家族関係も課題として会議では上がっていた.
平行棒内の歩行は全介助だったが,訓練効果はほとんどなかった.
口癖は,何もしたくないから構わないでくれ,だった.

しかし,気難しい人ではなかった.
強く促せば何にでも参加した.でも,何かが引っかかっていた.
大切な作業と作業についての物語を確認したかったので,ADOCを使った.


「里芋を育てることは,今のオレでもできるんだろうか」
・・・できるかどうかはやってみないとわかりませんが,なぜですか?
「里芋で作った味噌汁を,あいつに作って欲しいんだよ」


昔よくやっていた自分の仕事だったんですか?
「畑はよ,おれにとって大事な楽しみだったよ」
奥さんにとっても思い出が深いことなんですかね?

「そうだと思うよ,いや,わからんけど,たぶんそうかなと思う」
いま,あなたが奥さんのためにできる仕事だとボクは考えてもいいですか?
「そうだな,夫としての仕事ができるとしたら,それしかないんじゃないか」

まずやってみて,その場面を観察して,実現可能か判断します.
できるだけ1人で安全に時間をかけ過ぎず,収穫までの期間ずっと,
あなたが芋を育てることができる方法を考えてみましょう.


すぐに里芋の苗を準備して,特養ホームの園庭の一角に場所を確保した.
園芸が趣味だったから,ずっとやりたかったと話した別の利用者と一緒に,
苗を植えて,車いすに乗ったままでホースを握って水を撒いてもらった.

観察場面から評価したことを彼にフィードバックして,
彼と一緒に目標を設定し,支援計画を立案した.
ADOCのPDF資料を印刷し,カンファレンス資料としてカルテに差し込んだ.

声かけが必要な日もあったけど,芋を見てこようと話すようになった.
殺虫剤が必要だから買いに行こうと訴えてきた.
奥さんは「信じられないね,すごいじゃない.楽しみにしているよ」と話した.


3ヶ月前には芽吹いていなかった,この日常的な場面をイメージしていた.
彼が撒いているのは水ではなく,夫らしさを取り戻す機会だと思い,彼に伝えてきた.
もし違うなら何時やめてもいいけど,別の何かを探そうと提案してきた.


「あいつのためだからな,これだけはちゃんとやるよ」


種を明かせば,作業を発掘し,物語を彼と築いたのは1年目OTとOT実習生.
里芋を購入し,植え付けて,水やりの練習をしたのも,彼ら.
実習生の養成校卒業生と教員らが立上げた学会で発表したのも,彼ら.

彼らが次に進むために,冷静と情熱の水を与えてくれたのは,
侍OTさん,鳥人OTさん,種まきOTさん,YMCA米子OTさんたち.
半年前に見えていた芽が,ちょうど今,芽生えてきた.


2013/10/02

10年のOT

tomori家に泊まった時,彼の奥さんに
「ちょうど10年前,ボクが君に話したこと覚えてるか」
と尋ねたら,微笑みました.



先日,神奈川で研究の打ち合わせに参加しました.
tomoriくん,北里大のnagayamaさんを中心に集まった,
ADOC projectに賛同してくれた研究協力者の一部の方々でした.

彼は抱えている環境や自身の課題について冷静に語り,
目標とする状況について伝え合いました.

ほとんどが1年以内に出会った人なのに,10年前からの仲間みたい.
研究が終わるまでは内容も名前も明かせないけど,
彼らが10年後の当たり前に,いま向かっています.






「身体を動かしてもらうことに満足するわけで,
それが癒しで,習慣で,生きがいなの.目的なんて無くてもイイのよ.
高齢者って.維持期のリハビリって」

・・・ボクらはそう言われても否定しない.悪意がないと知っているからです.
でも,作業療法の目的と目標は,
クライエントにとって価値のある役割や習慣がいいと信じています.

作業療法ってなんだろう.どう伝えればいいんだろう.
そもそも,ほんとうに作業療法は必要なんだろうか.
・・・こうやって悩む機会は真実に近づけるのでラッキーです.

変える力を育むことができるから,ラッキーなのです.
泣き顔を見せないのです.ギリギリのラインで.

だから,生活期の作業療法士はちゃんと作業療法をやりなさいって,
叱咤激励されると,落ち込みます.
・・・でも,なぜこうなったのかと思って,責任を探したくなります.

でも,今回集まった彼らは、
誰かのせいにはしません.不思議なくらいに.

彼らが彼らの未来を作れると知っています.
tomoriくん,nagayamaさんらが未来までの道を描き,
今回のスペシャルなゲスト,種まきOTさんが歩み方を示してくれました.



10年後の当たり前に向かって,彼らは種を撒いています.



3〜4年目で作業療法に失望したボクは,tomoriくんに相談しました.
その時,確信したことを彼の彼女に伝えました.
「きっと彼は10年後,日本の作業療法におもしろいことをするよ」