昔,治療の臨床スペシャリストと運動の学者スペシャリストが講師で,
臨床で起った変化のメカニズムを解説する講習会に参加した.
学者が丁寧に解釈したところ,臨床者の解釈はほとんど全て大幅に修正された.
結果が出てから解釈を後から考えればいい,と納得することはできなかった.
病院で働いている頃,おかしいなと思うことがあった.
病棟で歩けるけど寝ている人を起こして訓練室まで連れてきて,
ベッドで再び寝かせ,訓練が終わると病棟で寝てもらう病院の常識.
退院したらどうにか生活するだろう,と考えることはできなかった.
退院した方に会いにいくと,
通所や入所で全員が同じような関節可動域訓練,歩行訓練,
ホットパック,マッサージの支援を延々と受けていた事実.
何もしないよりはマシだろう,とは言えなかった.
3つの現実は,互いに関係しているように思えた.
いつ,どこで,何ができるようになるという目標と,
目標に個人的な意味が加えられた目的を,
クライエントと共有する必要があると考えるようになった.
「個性的な目標」のために,「特定の期間に効果的な方法」で,
訓練・練習をすると概ね到達目標が実現でき,
その後は「自身で機会と環境をコントロールできる」こと.
すべてそろって1つのセットで,何かひとつ欠けても効果的ではないと考えた.
それで「個性的な目標」を発掘するために面接技術と背景の理論を学んだ.
実践を重ねるうち,より多くの人と共有するために発表を経験するようになった.
でも発表は伝える目的を実現する方法として,効率的でないと思っていた.
ちょうどその頃,tomoriくんからADOC開発の企画について相談があった.
開発を始める時から彼とずっと話し続けてきたことは,
クライエントにとって価値のある生活の再構築が支援の目的になるのは,
おそらく間違った方向ではないということ.
ただし,治療,改善できる可能性がある動作や行為については,
目標を実現させるために必ず介入するべきだということ.
つまり,機能訓練から作業への介入とパラダイムシフトするのではなく,
作業の目的を実現するために機能訓練を提供するという関連づけが重要と考えた.
ADOCは「個性的な目標」を発掘,共有するために存在しており,
「特定の期間に効果的な方法」で目標を実現する治療,練習はカバーできない.
介入後にクライエント「自身が機会と環境をコントロールできる」ためには,
目標を実現する確実な方法が必要だと思っていた.
その後,samuraiOTさん,めがねOTさんたちと出会って,確信するようになった.
でも,効率的で効果的な方法は明確に見えなかった.
2年前,tomoriくんがヨーロッパOT学会で発見したのが,竹林 崇さん.
竹林 崇さんの知識と技術よりも彼のビジョンを,
ボクは沖縄のセラピストと共有したい.
クライエント「自身で機会と環境をコントロールできる」ように,
正確な評価に基づいたオーダーメイドの段階付けという手段で治療,練習,支援する.
これが特別ではなく当たり前になる未来イメージを,共有したい.
沖縄臨床作業療法実践研究会
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